史実
坂上田村麻呂の東征
平安初期(延暦〜大同) · 16 社
実在の征夷大将軍。京から秋田まで、千を超える社寺が創建伝承を伝える。
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01
清水寺きよみずでら
起点神社ではないが田村語りの起点。毘沙門天に戦勝を祈願し、平定後に本堂を寄進したと伝わる。
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02
有玉神社ありたまじんじゃ
遠江進軍の途上で軍備を整え戦勝を祈願し、帰路に太刀を奉納したと伝わる。
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03
日本神社にほんじんじゃ
武蔵延暦十年、神武天皇の先例にあやかり天皇を祀って戦勝を祈願したのが起源とされる。
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04
大室高龗神社おおむろたかおじんじゃ
下野北上の途上で祈雨と戦勝を祈り、帰路に感謝して社殿を建立したと伝わる。
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05
八溝嶺神社やみぞみねじんじゃ
山頂三国境の八溝山頂に鎮座。渇いた軍勢のために湧き出たと伝わる八溝五水が山中に残る。
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06
花園神社はなぞのじんじゃ
霊夢延暦十四年、奥州下向の折の霊夢により創建と伝わる。御神木の三本杉が今も立つ。
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07
境の明神さかいのみょうじん
白河関奥州への国境。白髪の翁が現れ問答を交わした神異により、境を守る祠を建てたと伝わる。
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08
菅布禰神社すがふねじんじゃ
岩代軍が疫病に苦しんだ際、地の神に祈って回復し、感謝して社を創建したと伝わる。
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09
鹿島御子神社かしまみこじんじゃ
浜通り北上の拠点。軍馬を繋いだと伝わる「駒止めの松」が知られる。
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10
田村神社・甲冑堂たむらじんじゃ
陸奥の入口奥州道中の県境に位置し、陣を敷いた跡と伝わる。田村麻呂自身を主祭神として祀る。
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11
志波彦神社・鹽竈神社しわひこじんじゃ・しおがまじんじゃ
陸奥の拠点陸奥国一之宮。平定の拠点であり、勝利の感謝として社殿を改修したと伝わる。
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12
箟岳白山神社ののだけはくさんじんじゃ
戦勝祈願蝦夷の首領との激戦の際、白山の加護を祈り矢を放って勝利したと伝わる戦勝記念の社。
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13
達谷窟毘沙門堂たっこくのいわやびしゃもんどう
最前線延暦二十年、窟に籠もる敵を討った地。毘沙門天の加護に感謝し、崖に百八体を祀る堂を建てた。
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14
田村神社たむらじんじゃ
最奥大同二年、民の守護を祈って毘沙門堂を建てたのが始まりとされ、後に自身の霊を合祀。
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15
高津戸鹿島神社たかつどかしまじんじゃ
凱旋大同元年、奥州からの帰路に立ち寄り、平定を感謝して社を建て武具を奉納したと伝わる。
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16
田村神社たむらじんじゃ
神格化鈴鹿峠の要衝に厄除けの神として祀られる。二月の厄除大祭は今も多くの参拝者で賑わう。
本欄で取り上げた神社は、本プロジェクトに参加しておらず、こちらからお声がけもしておりません。その道筋を知る価値があるために書いています。座標は概算かつ未検証で、道の形を示すためのものです。参拝の道案内には使えません。